こぼれ話

わたしとパニック障害 - こぼれ話

アバウトミー

わたしについて

はじめまして、「まーる」です。以前「まー」と名乗っていましたが、中の人は同じです。

生まれも育ちも関西。海好き島好き旅好きで、だだっ広い荒野や砂漠も大好きです。

昔はクリエイター畑におりまして、テレビ番組を作ったり雑誌や広告を作ったりしていました。

とりわけライター職が好きでした。

なので今でも何かを書いたり作ったりすることに情熱を燃やしがちです。

ブログのHTMLやCSSなんかをチマチマいじるのも大好物です。ただし歳とともに目の疲れがハンパないです。

今は都会の片隅でブログを書きながら、医療機器系のOLをやっています。

あ、心理カウンセラーの民間資格も取得しまして。

なので精神医学系の本や論文などを読むのも好きです。ただし目の疲れがハンパないです。

それからあと、パニック障害・不安障害の経験者でもあります。

まあ、だからこそこういうブログを運営しているわけで、心理カウンセラーの資格を取ったのもそういうわけであって。

というわけでわたしの疾患履歴を、ここにざざっとご紹介しておこうと思います。

ただ、記憶があいまいな部分がちらほらあって、特に時系列なんかは相当あやふやなので、ふわっと輪郭だけでもお伝えできればいいかなと。

 

ダムが決壊したみたいなパニック発作

鏡とわたし

実はパニック障害になる数年前から、すでにメンタルは崖っぷちでした。

動くたびに崩れた小石がポロポロと落ちていく、それぐらいの崖の際でした。

当時わたしが患っていたのは、社交不安と醜形恐怖。

それまでそれなりに呑気に過ごしていたのに、ほんの数ヶ月で瞬く間にそうなったと記憶しています。

原因はストレスでしょうね。自分で言うのも何ですが、当時のわたしはいかにもストレスを溜め込みやすい極端で盲目的な思考回路でしたから。

それにしても、社交不安はもとより醜形恐怖ほど特異な精神状態はありません。

当時を振り返って、どれだけ客観的に冷静に分析しようとしても、ほとんど雲を掴むような感覚にしかなれません。

自分のことなのに、ほんの少し共鳴することすらできない。

それぐらい醜形恐怖というのは不可思議です。少なくともわたしにはそう思えます。

なんせ、世界のあらゆる生き物のなかで、自分が一番醜いと思っていたんですから。

そういえば、あのマリリン・モンローでさえ醜形恐怖を患っていたという話があるじゃないですか。

冷静さを欠いた人間が、いかに奇妙な思考を紡ぐのか。そういう病ですよね。

 

そんな捉えどころのない絶望のまっただなか、ある日パニック発作を起こしました。

詳しい説明は要らないですね、ご存知のあれです。死ぬかもしれない、と生まれて初めて思いました。

通勤電車の中でした。

それまでのメンタルの打ちひしがれっぷりを鑑みるに、それはもはやダムの決壊のような発作でした。

心の悲鳴だったのかもしれないな。今となってはそう思います。

 

ストレスの引き剥がしと認知行動療法

本を読む

パニック発作を起こし、さらに予期不安の症状が出てから半年ぐらい経った頃、初めてメンタルクリニックを訪れました。

診断はやはりパニック障害。アルプラゾラムを処方されました。

ところがこれがどうにも効かず、しかたなく別のメンタルクリニックに行ってみたら、先生が1冊の本を紹介してくれたんです。「この本、読んでみたらどうですか」と。

表情の無い冷たげな先生でね、カチカチと事務的にキーボードを叩いて、本の名前をメモしてくれまして。

それが「不安障害の認知行動療法(1)」という本。参考文献のページでも紹介しています。

いやはや、独学で治し方を得よというわけで。

「まじか」と思いましたよ。だけど今となっては感謝です。認知行動療法と出会っていなければ、今のわたしはないわけですから。

冷たそうな人がこぞって不親切だとは限らないのだな。そんなことを密やかに学んだりもしました。

 

さて。それからわたしがやったことと言えば、ただひたすら認知行動療法です。

呼吸法を覚え、筋弛緩法を覚え、目標を立てて計画的にエクスポージャーをやりました。もちろん、客観的事実をもとに自動思考やスキーマに反証を与える作業も。

とにかく本に書いてあることを8割ぐらいは忠実にやりました。正直言って、あとの2割はテキトーです。

そんなでもすっかり治ってしまったのだから、認知行動療法の構造化がいかに成功しているかという、まあ、そういうことでもありますよね。

編み出してくださった方(アーロン・ベック氏ほか)に平伏。

 

とは言え、予期不安がまったく出なくなるまでには2〜3年かかったでしょうか。

ただ、呼吸法のおかげで案外早くパニック発作をコントロールできるようになったので、後半の1年ぐらいはリハビリみたいな感覚です。

仕事も旅行もリハビリのつもりでやっていました。すべてはわたしのリハビリのためにある、とさえ思っていました。

ダメならやめればいいと思っていたし。それぐらい我が道を往くマインドでした。

 

あと、頑張ったのはストレス対策ですね。もともと溜めやすい性格だったから。

自動思考とスキーマに注目できるようになって、それ自体がネガティブ思考をずいぶん修正してくれたと思います。

それから、アドラー心理学や選択理論も勉強しました。これがまた、実にストレス対策にうってつけ。また別の機会に詳しく書きますね。

ストレスから距離を置くことにも積極的に取り組みました。とくに親。

親と子、お互いに距離感を誤って迷子になっていたのでね。ちょっと距離を置いてみました。

そうしたら、ほどよい距離感が見つかったというか、近すぎてボヤけていたことがむしろクリアになったというか。

クリアになった部分に、優しさとか愛しさとかのカタチも見えるようになった気がしていて。

結果的にはストレスはなくなるわ、親子関係が改善するわで、ウィンウィンウィンなのでした。

ストレス対策の話なんかは、またいずれ記事に書こうと思っています。

 

実はみなさんのおかげなのです

みなさんのおかげ

このブログを書き始めたのは、たしか2019年。同じ頃にツイッターのアカウントも作りました。

パニック障害発症から数えると、4年ぐらい経った頃でしょうか。醜形恐怖の時代を入れると5、6年は経っていましたかね。

その頃はもう予期不安もすっかり出なくなって、心も身体もずいぶん落ち着いていました。

今まさにパニック障害や不安障害に悩んでいる人へ、せめて「治るんだぞ」ということを伝えたいと思って始めたブログとツイッターでした。

 

ですが、つい最近(2021年)のことです。

ふと気がつきました。このブログとツイッターの本当の意味を。

「ああ、誰かの役に立ちたくてブログとツイッターを始めたんだな、わたし」

「自分も誰かの支えになれるんだってことを、わたし自身が知りたかったんだ」

本当にふいに、そのことに思いが至りました。なるほどそうか、わたしはわたしことを好きになりたかったんだ、と。

すっかり回復したつもりでいたけれど、その点で実はまだリハビリの渦中だったんだと気がつきました。

そしてそのことに気づいたとき、本当の意味で「抜けた」と思いました。

本当の本当の回復はそのときだったような気がします。

 

そういう意味で、わたしを支えてくれたのはブログを読んでくれている方や、ツイッターでフォローしてくれている方、投稿にイイネをくださった方、みなさんだったのだなとつくづく思います。

これはね、よいしょでもなんでもないですよ。本当にそう思うんですから。

だから、ありがとうございます。そして、これからも一緒に幸せ探していきましょ。

 

と、なんだかあざとい締め方になってしまいましたが、本当に。

パニック障害克服の良きセンパイになれるよう、これからも全力でマイペースに生きていこうと思います。

今後もどうぞよろしくお願いします。(おわり)

管理人まーる

パニック障害を克服した元商業ライター現医療機器系OL | 上級心理カウンセラー(民間)| 80年代生まれ | 旅行大好き | 乗り物・フルタイムのお仕事OKすこぶる元気 | 服薬・通院はしなかったためお薬には疎い

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