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【ショート話】いい人をやめると心が軽くなった話【メンタルケア】

こんにちは、あろはー。管理人まー、です。

できるだけ「いい人」でありたいですよねー、やっぱり。ちょっとでも徳積んどきたいっていうか。お天道さまも見てることだし、悪い事はできるだけ避けたいよなー。などと思いつつ生きておりますが。

しかし、いい人も度が過ぎるとメンタルにじわじわきますよね。疲れちゃう。

私はパニック発作を起こす数年前から社交不安にもなりまして、その時は他人との距離感が掴みにくくなっちゃったんですよね、如実に。

とにかく気を遣ってしまう。「相手を不快にさせちゃいけない」って考えて、そのためにどう振る舞うべきか、常に頭をフル回転させていた感じです。でもすぐにキャパオーバーになって、一気に対人恐怖まで振り切れました。醜形恐怖も相まって、まともに人と話せないレベルに。

そう言えば、対人恐怖と醜形恐怖はパニック発作が起きるまでがピークでした。パニック障害になってからは、まともに話せない段階から、気を遣い過ぎちゃう段階までにはマシになった気がします、思えば。

人に気を遣い過ぎちゃうのはパニック障害が治った後もずっと残ってて、年々少しずつマシにはなってきたんだけど、いまだに気は遣います。もともと人見知りだしね。

気を遣わず、もっとリラックスして人とお話ししたいなーって常々思ってるのだけど、最近ふと「リラックスしたい」っていうのは「相手にリラックスしてほしい」っていうのと表裏一体だよな、と思ったんですよね。

こっちが気を遣っていると相手も気を遣ってきて、相手が気を遣ってるなーと感じたら「気を遣わせちゃってすみません、、」みたいなメンタルになってきて、こっちもますます気を遣っちゃう。で、全然距離感が縮まらないという。

相手がリラックスしていないと、こっちもリラックスできないんですよね。逆も然り。

だからいっそ「気を遣わないぞ」って意気込むのをやめて、むしろ「相手に気を遣わせずリラックスしてもらいたい」っていうマインドの方を前面に持ってきたら、案外バランスが取れることに気がつきました。「気を遣わせないようにしよう」のマインドを意識したら、案外自分もリラックスできる。

やっぱり物事はバランスが大事なんだなーって。たぶんこれまでは、自分の事ばかりに意識を集中させていたんだろうなあ。

「相手を不快にさせたくない」って、一見相手の事を考えているようだけど、具体的にどうすればいいのか分からなくて、結局自分の振る舞いばかりに気が向いてしまっていたんだろうなあ。

いい人 = 気遣いができる人」という概念がなんとなくあって、それを過大解釈してたのかもしれない。「いい人 = 相手に気を遣わせない人」って自分なりに再定義してみると、他人への接し方がけっこう変わったと思います。変なガードが解けたというか。うまく説明できないのだけど。

「相手に気を遣わせない」ってのも「相手を不快にさせたくない」と同じく漠然としていて具体的な振る舞いが分かりにくい気もするけど、相手の反応に気を向けた時に「あ、今不快っぽい」っていうより「あ、今気を遣わせたっぽい」っていう方が個人的には判断しやすいんですよ。うん。

「相手に気を遣わない」って、「相手に気を遣わせない」なんだなー。これまたなんとなく禅問答みたいですね。おもしろい。

「いい人をやめよう」ってフレーズ、メンタルケアについて調べていると時々耳にします。ずいぶん前から知っていて意識していたはずのフレーズだけど、この言葉の本当の意味が最近になってようやく分かってきた気がするなあ。

と、今日はそんなブログでした。(おわり)

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