コラム

【心理学】悩むのも権利のひとつ。好きなだけ悩めばいい【選択理論】

こんにちは、あろはー。管理人まー、です。

耳障りのいい言葉って、たしかにホッとするけれど、心の支えになるほどのパワーはないって思うんです。支えになる言葉って、けっこう痛いですよね。刺さる。ブッ刺さる。トゲのように、あるいは稲妻のように。

私がパニック障害だった頃、インパクトのある本に出会いました。「グラッサー博士の選択理論」という本。これが「選択理論」「現実療法」との出会いでした。

選択理論や現実療法をちゃんとまとめた記事をいつか書かねばと思いつつ、なかなか難しくて実現していませんが。

もしあれだったら本読んでみてください。すっげーぶ厚くて読む前から心折れそうになるけど。拾い読みでもいいと思います。

著者のウィリアム・グラッサーはアメリカの精神科医です。本では実際のカウンセリング例を交えて、理論を解説してくれています。

そこにはっきりと書いてあったわけじゃないけれど、いくつかの実例と解説を自分なりにかみ砕いてみたら、はっきりバッサリこう言われている気がしました。

悩むのはあんたの自由よ。勝手にいつまでも悩んでなさい。時間はお構いなしに過ぎ去っていくけどね。

いや、オネエ口調に意味はないけど。なんかこういう厳しい言葉ってオネエが言うと角が立たない気がするもんで。「ちひろさん」©︎安田弘之に出てくるバジル姐みたいな人に、ビシッと叱られたい。

「ちひろさん」©︎安田弘之のバジル姐

そう。悩むのは自分の勝手なんですよね。

もちろん悩む理由はそれなりにあるけれど、それについていつまでもグルグル考え続けるという行動を選択しているのは、自分自身。誰に強要されるわけでもない。

悩み続けることで浪費するのは、他の誰でもない自分の時間

悩むのをやめることで享受できる自由な時間は誰のものでもない、ただひたすら自分のためだけのもの。

ビリビリきました。

そうだ、そうだよな。つーか誰のために悩んでんの? 悩んで得すること、ある?

自問してみると、悩んで得することなんて一つも思いつきませんでした。

選択理論をひと言で表現するのは難しいけど、論拠のひとつはまさにこういうことだと思います。

悩んでいる時間そのものが恐ろしく非建設的だ。

要するに何の得にもならない、もったいなさすぎると。

 

これが胸にグッサリ突き刺さりまして。ただちに悩む事をやめようと思いました。

もちろん悩み事自体がなくなるわけじゃないのだけど、その事で頭がいっぱいになって落ち込んでくると、同時に「やべ、もったいない」の気持ちが沸き上がってきます。

いろいろ買い物して散財してると、ある瞬間から「これ以上使うとやばい」という焦りが出てきて、自制心が湧いてくるじゃないですか。その感覚と似ています。

こうして書くと、いきなりすっごいポジティブ人間になったみたいですが、全然そうじゃなくて。

逆に根っからのポジティブ人間なら、悩んだっていいんじゃないかと思うんです。きっと悩んだって沼にハマることはないだろうし、悩む事でうまく気持ちの切り替えができそうだし。

私の場合はそもそも思考回路がネガティブ傾向だから、悩むと沼なんですよ。延々と悩める。なかなか這い上がれない。だからこそ、私にとって悩む事には何のメリットもない。できることならすぐさまやめるべきなんですよね。

それこそ「たまには悩んだっていいんだよ」みたいなメッセージ、観光地の一角で売ってるポストカードとか色紙に書いてあったりしそうだけど、選択理論的見地でぜひ、ひと言添えたい。

君が沼にハマらないんならな」と。

 

考えてみれば、悩み事自体ひどく相対的なものです。何かと勝手に比較して勝手に評価しただけの極めて独りよがりなものです。

とりわけメンタルが暴走している時の悩み事は、独りよがりがよりいっそう大暴れしていて、悩む根拠にまったく説得力がなかったりします。

私が醜形恐怖を患った時はまさにそうでした。

自分の顔が世界で一番醜いと信じていました。きっかけがイマイチ思い出せないのだけど、ある時ふと「私って醜くね?」という気持ちが芽生えて、それがどんどん成長して、ある日パカっと花開いた感じです。花が咲いた時はもう地獄でしたよ。隙あらば何時間でも鏡を見つめて、醜さに絶望し、死にたいと思っていました。もし充分な資金があれば、迷わず整形していたとすら思います。

今となっては、つくづくお金持ってなくてよかった。整形してたら間違いなく後悔してたもんね。怖や怖や。

今は自分の顔好きですよ。いや、好きって感じでもないか。むしろ何も思ってないかも。顔は顔。ただそれだけ。見慣れているから愛着はあるけど。

そういえば、醜形恐怖を患う前は自分の顔が好きでした。これでもまあまあモテたんですよ若い頃。なんつって。アイデンティティだったのかもしれない、自分の顔が。ある種の執着。やっぱりね、執着するのは良くないね。ふとしたきっかけで、いとも簡単に180度評価が変わったりするんだもんね。根拠が軽薄。いぶかしいもんです。

フラットに捉え直してみれば、悩みの種はただの「種」でしかないんですよね。種に水をやらなければ、なんならもう土に植えさえしなければ芽吹いて花開くことはない

ペッと吐き出して皿の上でカピカピになったスイカの種を思い出しました。ふと。

結局カピカピになるまでほったらかしにしておけばいいんだよなあ、悩みの種なんて、ほんとなら。なかなかうまくいかないけどねー。

ま、それはそれとして。とにかく、そんな心許ない事に時間を割いてはもったいない。財布の紐をギュッと締めるがごとく、時間の紐もギュッと締めるがよろし。人生の時間は有限だから、悩むという行為に浪費している場合じゃないでしょ。

というのが、選択理論の主旨だと私は理解しております。若干意訳込みですけど。

 

メンタルどん底の時にこんな能動的である意味ドライな論理、響くはずないよ。

なんて思うかもしれないけど、私の場合はどん底で響きまくりました。私をどん底から救いあげてくれたのが、まさにこの選択理論でした。

どん底の時に、あえていろんな言葉に触れてみるのもいいかもしれないですよ。ビリビリッと突き刺さる言葉に出会える事もあるかもしれない、私がそうだったように。

ただ、自分に響くメソッドはないかと探す時には「どん底から這い上がりたい」という意志を持った方がいいです。意志が伴わないと、同じメソッドが真逆に響く事がきっとあります。特に「わかって欲しい」という欲求を原動力にしていると、知らず知らずのうちに「現状にとどまり続けるための理由探し」になりかねないんじゃないかと。

同じ行為が毒にも薬にもなる。

それこそが、「たいていの事は絶対的じゃない。自分自身の選択によるのだ」という選択理論の裏付けにもなるんだよなあ、きっと。

あ、変なセミナーとかにハマらないでくださいね。「湯水のように」お金が消えていくものは悪だ、ぐらいの頑なさで今はちょうどいいのかなと。あくまで財布の紐も時間の紐もギュッと、ですぞ。(おわり)

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ここに記載の治療法や対処法は、あくまで個人的見解に基づいています。 効果の有無や程度は保証できませんので、ふーん、そういう事もあるんだねー、ぐらいの感じでご理解いただけると幸いです。
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