不安障害全般 コラム

【パニック障害】パニック障害になった事を嘆かない - 症状がぶり返さないために

こんにちは、あろはー。管理人まー、です。

最近どハマりしている漫画「ちひろさん」。

Twitterやってるとちょいちょいマンガの広告がタイムラインに流れてきてちょっとウザいけど、ちひろさんに関しては「さんきゅう広告!」と初めて思いました。

作者の安田弘之氏って昔「ショムニ」描いてた人なんだねー。流行ったなー。江角マキコのドラマしか見たことないけど。そう考えると、ちひろさんのビジュアルも当時イケイケだった江角さんに似ている。スラッとしてキリッとした女。

「ちひろさん」©︎安田弘之

ま、ともあれおもしろいです。マンガお好きな方はぜひ。つーかもう読んでるよって方も多いかもですね。みんなでちひろトークしたい。

 

さて。私がパニック障害を経験してから常々ずっと思っていることを、今日は言語化してみたいと思います。いや、これまでだって何度も口にしてはいますが、改めて。

はー、パニック障害になってよかったー、神さまさんきゅー、助かったぜー。

ということです。はい。

私がパニック障害になった経緯などはこちらの記事に詳しく書いています。

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パニック障害になるまで、いや、パニック発作を起こす数年前からひどい醜形恐怖にかかっていたので、実際は社会不安障害の方が先行してたんですけど、それまで大きな病気になった事は一度もなくて、病院なんて年に一度の健康診断に行くぐらいなものでした。

ま、正確に言えば、健康診断で心電図ひっかかってホルター心電図(24時間心電図を測る機械)をつけた事は2回程あるし、乳がん検診でひっかかって要精密検査って言われたのに放置してた事も何度もある。子宮筋腫が見つかって要経過観察って言われてたのにその後10年ほったらかしてたりもしたので、まったく何もなかったってわけじゃないのだけど。

ちなみにここ数年お腹がポッコリしてきたので、こりゃいよいよ筋腫がデカくなってきたぞと思って、昨日ようやく婦人科に行ったんですよ。そしたら案の定かなり大きくなってました。手術した方がいいって。年齢的に薬でホルモンを抑えるのは早過ぎるからって。だけど命に関わる病気じゃないので、手術は自分のタイミングでいいよって。あげく「ポッコリ部分の半分は脂肪よあなた」と言われ爆笑しました。先生、看護師さんみんなで爆。いやー笑うっきゃないよ。筋トレするよ。もー。

ともあれ手術は仕事が落ち着く半年後ぐらいに受ける事にして。

 

そんなこんなで自分の健康にとんと無頓着だったんです、パニック障害になるまでは

パニック障害が治った後、肺の近くに腫瘍が見つかって摘出手術をするというフィジカルでも大きな疾患を経験しまして。

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以来、めっきり健康を気にするようになりました。というか命というものの輪郭に触れたような気がするんです。この命、私が愛でねば誰が愛でるの、と。

メンタルとフィジカルの病気を経験して、初めて自分の一生というやつを俯瞰で眺めたんじゃないかな。そして頭をよぎりました。「死ぬ時に後悔したくない。

ありきたりでよく聞くフレーズだけど、この言葉に初めて重力を感じました。重いっすね、この言葉。身に迫ります。

一生を俯瞰で眺めること人生の最後に想いを馳せること、これがなかなか素敵なことだと思うんですよ。たぶん何の疾患も経験してなかったら絶対にやらなかったと思う。そして誰かが提唱した「幸せの定義」を追っかけてたと思う、今でも。あるはずのない答えを掴もうと必死になってたと思う、今でも。そうやって人生を無駄に過ごしていたんだろうと思う、今でも。いや、死ぬまでずっと

ちひろさんにこういうコマがありました。

「ちひろさん」©︎安田弘之

なめんなよと。こんな薄っぺらい言葉でみんなの人生に説明がつくと思うなよと。ちゃんちゃらおかしいわい。

なお、ちひろさんはこの色紙「いらない」って言ってました。わかるー。いらんー。まータイミングによってはグッとくる言葉なのかもしれないけども。

なんていうか、この色紙の言葉みたいな「当たり障りのなさ」を追いかけ続けてたら、たぶん死ぬ時に後悔すると思うんです。「楽しいとか嬉しいの感情に鈍感なまま過ごしてきたなあ、なぜ幸せなふりしてたんだろう、うすうす気づいてたのに気づかないふりしてたんだなあ」って。私の場合は絶対後悔する事になったであろう自信があります。もし社会不安・パニック障害になる前の私のまま人生を過ごしていたら。

だけど、パニック障害を経験しなかった人生と、経験した人生、さほど違いはないとも思うんですよね。

たしかに経験しないまま一生を終えたら人生の「質」は多少低かったかもしれない、経験したおかげで多少「質」が上がったかもしれない。でもあくまで比較すればの話だから、客観的には「いろんな人生あるよね」のひと言でまるっと収まっちゃう程度の事なんだろうと。

人生はチョコレート

結局、どう生きようと自由なんですよたぶん。どうせ死ぬんだから。死んだら「無」なんだから。

どれだけ財産持ってようが、何回結婚してようが、あるいはしてなかろうが、子どもが何人いようが、あるいはいなかろうが、さほど意味はないと思うんです結局のところ。

「後悔したくない」って思った時に唯一意味を持つのは、自分が満足したかどうか楽しかったかどうかだけだと思うなあ。

そういう意味でパニック障害は、死ぬときにできるだけ後悔しないで済むルートのチケットだったと思ってます。前世で徳でも積んだんじゃなかろうかと思うぐらいラッキーな出来事だったと。ごっつぁんです。

人はいずれ死ぬ。遅いか早いかだけだ。

とは、もののけ姫のジコ坊の言葉ですが、ほんとそう。どうせ死ぬんだから、この世の大抵のことは瑣末だわよ。だからパニック障害を経験しようがしなかろうが、死ぬときに後悔しようがしなかろうが本来どうでもいいし自由なんだけど、どうせだったら本音で命と向き合って、できるだけ嘘つかずに一生終えられたらいいじゃない。素敵よね。

オネエ口調になってきた。人生語るときってオネエ口調になりますよね、なりませんか。

ま。そういうふうに感じているわけです。個人的に。

 

こうしてみると、パニック障害になって私の人生観は大きく変わったんだと思います。

それまでは「何者かにならねば人生の価値はない」と思っていて、だからこそ何者かになるための方法をネットだの本だのでかき集めて、頑張ってゴールを目指していたんです。

パニック障害を経験した後、人生はもうちょっと自由なんだと思うようになりました。命削って何者かになる事にどれぐらい意味があるの? って。なんかどうでもよくなりました。すこぶる良い意味で。

価値観自体がガラリと変わったので、たぶん同じ轍を踏む事はないんじゃないかな、今後も。ぶり返す事はないんじゃないかって、今のところは信じてます。

何やったってたいして変わらなくね?

そういう気分で生きるのが、実は命に一番誠実なんじゃないかなあ。

今はそんな事を思ってます。(おわり)

「ちひろさん」安田弘之

ここに記載の治療法や対処法は、あくまで個人的見解に基づいています。 効果の有無や程度は保証できませんので、ふーん、そういう事もあるんだねー、ぐらいの感じでご理解いただけると幸いです。
ブログ管理人の自己紹介とパニック障害の経緯などはコチラ→「ごあいさつ

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