不安障害全般 コラム

【パニック障害】なぜ不安な事をいつまでも考えてしまうのか

こんにちは、あろはー。管理人まー、です。

不思議に思っていた事があります。

お手本通りやったのに、本来得られるはずの効果がちゃんと得られないってこと、よくありますよね。それってなんでなんだろうって。

ブログでも繰り返し書いているように、認知行動療法のキモは「成功体験」だと思っているんだけれど、あるチャレンジをやっとの思いで乗り切った時に、それを「成功」と認識する人がいる一方で、「不安感が完全に拭えなかったから成功じゃない」と思う人がいる。同じ出来事が前者にとっては成功体験になり、後者にとってはむしろ自信喪失になったりする。なぜ? この違いはどこに?

後者は元々の性格がネガティブ思考気味なんだとか、逆に前者はポジティブなんだとか、そういう二元論的な話じゃないとも思うし。

うーむ。確かな答えはないにしろ、何かしらのカタチで説明がつかないもんだろうか。

と思っていた矢先、とある動画を見まして。

精神科のベテラン臨床医の方が、病気の事や治療法の事などを解説してくれるチャンネルなんですけどもね。

これ、セミナーとか集団治療のプログラムの録画みたいな雰囲気ですよね。無料でいいんすかっていうぐらい勉強になる。(そもそもは英語系YouTuberだいじろーさんのオススメチャンネル。)

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ものすごく腑に落ちたんですわ。前述の謎がバチっと解けた気がしました。アハ体験的なスッキリ感。

よかったら皆さんも動画見てみてください。アハ、ってなるやも。このチャンネル、すべての動画が申し訳ないほど有用なので、今後も動画見てアハってなり次第ブログに綴ろうと思っております。

ではでは、ひとまず今回のアハ体験を説明しますとですね。

 

いつまでも不安感が拭えないのは、「不安感」に価値を感じているから

まずは自分に問いかけてみてほしいのです。子どもの頃、つらい事や悲しい事があった時に大人に丸投げできる環境だっただろうか、と。丸投げというのはつまり、我慢せずエーンエーンと泣くことができたかという話。

大人の事情で素直に感情表現できず、ガマンを強いられてはいなかったか。大人の事情ってのは、例えば両親が不仲でいつも機嫌が悪いとかね。

そんなふうに大人の顔色をうかがって感情を飲み込んでいる子どもって、大人にとっては手のかからない「いい子」なもんだから、いい子だねーって褒められたり、優等生という評価を受けたりしがちです。自身をかえりみた時、まさに自分はそういう子どもじゃなかっただろうかと考えてみてください。

ガマンすれば「いい子」だと褒められる。そうすると我慢する(=不快を感じる)事が、自分がすべき事なんだと思うようになる。それが無意識に擦り込まれる。

そういうバックグラウンドを持っていたら、たぶん悩む事はさぞ容易い事だろうと思います。何かにつけ不安になったり、悪い事態を想像したり、うまくやれたのにうまくできてないと信じたりする事も、実にたやすい。そうやって不快を感じる事はもはや当たり前で、不快でなければダメだとすら思っている。それがルーティンになっているわけです。もちろん無意識のうちに。

さて、あなたはどうでしょう。

私はまさにこれでございます。先生のお話を聞きながら、おお、こりゃ私の事だぜと思いました。

だけど私は前項の二択(成功体験になるか、自信喪失になるか)だと前者なんですよ。ドキドキバクバクめいっぱい不安でも、なんとか電車に乗れたら「よっしゃあ! 課題クリアひゃっほーい!」と思ってました。

私にはたしかに楽観主義的な要素がわりとある。基本的にはガマンの子だったから、今でも不快がお友だちなのにも関わらず。

で思い出したのだけど、子どもの頃あっけらかんっぷりを褒められた記憶があるんですよ。「まーちゃんは嫌な事があってもケロッと忘れて、あっけらかんとしてていいわねー」って。その楽観主義的な部分をわりとたくさんの人に「いいね」って言ってもらった気がします。

だから不快がお友だちな一方で、自分の中の「のほほん」とした部分にも価値があるんだっていう基盤があったんでしょうね。「のほほんも表現していい」という価値観。だからいざって時に不快を切り捨てて、のほほんを優先できるんじゃないかしらと。

アハ。

一気にいろんな事が腑に落ちた気がするんですよ。

例えば、すーごく物分かりがいいんだけど、実際のところはあんまり理解してないんだろなーって人、たまにいません? 職場なんかで時々見かけがち。

それもまたバックグラウンドに端を発していると思えば腑に落ちるんですよ。もしもその人が、分かってなくても分かった感じを出すと褒めてもらえるみたいな体験を重ねてきたんだとしたら。その人にとって重要なのは「理解する」事ではなくて「いかに理解したと思わせるか」って事になるんじゃなかろうかと。もちろん無自覚に。

ちょっと話がそれちゃいましたね。戻しましょう。

つまり、不安を感じたり、楽しさを追求したり、あっけらかんと考えたり、あるいは怒りを表現したり。あらゆる要素を大なり小なり人は持っているんだけど、それぞれの要素をどれだけ大事にしているかわだかまりなく表現できるかっていう、いわゆる価値観というやつは育った環境の影響を色濃く受けるのだろうということです。

その理論でいくと、不安感がなかなか拭えないっていうのもまた、その人が「不安を大切にするのが良い」という価値観を持っているからだって事でうまく説明がつきます。

アハ、じゃないですか? 心の奥の無意識にスポットライトがピカーンと当たった感じ、しませんか?

さて。無意識を意識できりゃこっちのもん。

そうと分かれば、今すぐ価値観を変えればいいわけです。子どもの頃は我慢して不快感をチョイスすれば褒めてもらえたけど、それは単に大人の都合でしかなくて、本来なら不快は不快でしかないわけだから。不快感をチョイスしない方が絶対にいいはずなんだから。

不快は不快。今こそ不快は切り捨て一択。

とは言ってもなかなか価値観なんてすぐには変わりませんよね。いや、思い切り次第ですぐに変えられるものだとは思うのだけど、なかなか思い切れない。まあ、そりゃそうなんです。今までずっと信じきた価値観ですから。思い切って変えるのに時間はかかるかもしれません。

まずは「不快感は切り捨て御免」という価値観を意識してみるところから、どうすればその価値観を自分のものにできるか一生懸命考えてみるのがいいかもしれません。どうせ一生懸命考えるなら、不快な事よりこっちの方が断然建設的だしヘルシーです。

つい最近手に入れた「5秒ルール」という本が、ものすごくタイムリーな気がしました、今。「直感的に行動するためのシンプルな法則」という副題がついてます。中表紙には「54321とカウントダウンして、自分のなかの恐怖心を無視し、勇気と自信の声に従って行動するのです」とある。まさに、という感じ。今読み進めているところなのだけど、たしかにこれは効くと思います。読み終えたらまたブログ書きますね。

最後にご唱和ください。

不安の不快感は切り捨て御免!

不快をチョイスしなくても、すでに充分みんないい子です。自分の中の「のほほーん」をもっと引き出していきましょう。(おわり)

ここに記載の治療法や対処法は、あくまで個人的見解に基づいています。 効果の有無や程度は保証できませんので、ふーん、そういう事もあるんだねー、ぐらいの感じでご理解いただけると幸いです。
ブログ管理人の自己紹介とパニック障害の経緯などはコチラ→「ごあいさつ

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