「見逃すこと」に喜びを見出すべき理由 – BBC.com〈心理学〉

BBC.com 2020年2月8日掲載記事「Why you should embrace the joy of missing out」〈心理学〉を翻訳しました。最後にまとめあり。

「見逃すこと」に喜びを見出すべき理由

ソーシャルメディアを続けるうちに私たちは「見逃すこと」を著しく恐れるようになり、そして他人が持っているものを欲するようになる。しかしある専門家はこう考える。「FOMO」を受け入れれば、不思議なことに人はもっと幸せになれるのだと。

私たちが抱える「見逃す(取り残される)ことへの恐れ」(Fear Of Missing Out = FOMO)もしくは「流行りのハッシュタグを見逃すことへの恐れ」は現代の流行病だ。デンマークのオールボー大学で心理学を教えているスヴェン・ブリンクマン教授によれば、この病はいくつかの異なる要因によって引き起こされているという。

ソーシャルメディアは、おそらく最大の要因だろう。SNSではしばしば強制的に他人と自分を比べさせられる。素敵な一面だけを切り取った誰かの投稿と、自分の生活を比較してしまう。そうすると、ブリンクマン教授いわく、インターネットで見た誰かの生活に絶えず自分を合わせて変えていかねばという、健康的とは言えない衝動が沸き起こるのだそうだ。そのプレッシャーと、より良いものがいつでも手に入ると謳う現代の消費社会が重なることで、FOMOが広く伝染したのだという事は確かによく理解できる。

あらゆる物事を喜んで見逃すというのには、訓練が必要だ」とブリンクマン教授。しかし、生まれ変わるための訓練に取り組んで、消費と変身への願望を手放すなら、そこには解放される事で生まれるたくさんの喜びが待っているだろう。社会や人々ともっと深く繋がる事ができるようになれば、私たちはもっと幸せになれるのだ。

そのためにブリンクマン教授は、新たな環境づくりを勧めている。もっと「見逃しやすく」、「何が重要なのか」にフォーカスしやすい環境だ。個人の自制心を鍛えるだけではうまくいかない。生活空間から誘惑を減らすことがポイントだという。(記事ここまで)


動画の中で、ブリンクマン教授はさらにこう語っていました。ちょっとまとめてみますね。

  • 見逃すことは、喜びを与えてくれる事であり、人生の意味や存在の深さを教えてくれる事である。
  • 「私は充分やっているか」「私の生活は充分か」という永遠に終わらない謎かけよりも、人や社会とより深く繋がることのほうが喜びをもたらしてくれるんです。
  • 「見逃す喜び」というのは、実際のところ西洋哲学では古くから言われているんです。「モデレート・ライフ(適度な暮らし)」の概念は、少なくとも古代ギリシャのアリストテレスまで遡ることができます。モデレート・ライフとは両極のバランスを見つける事。片方は「やり過ぎる事」、もう片方は「やらなさ過ぎる事」。これはあらゆる人間の行動や美徳に当てはめられます。
  • 私たちはよく若者なんかにこう言いがちでしょう。「君たちは何でもできる、可能性がある、自分自身で選択しなくてはいけない」と。もちろん基本的には良い意味だけど、私自身はそれほど役立つ言葉だと思っていません。だってそれは幻想だから。あらゆる事が可能だなんて。人間である限り何かにつけて制限はあるはずです。人生には限りがある。それを知るのは良い事だと思います。一方でもし制限がなかったら、それは良くない事だとも思いますよ。私たちが本当に何でもできるとしたら、空っぽの空間みたいなところに投げ出されたみたいなものだから。自分の好みだけを叶えた空間、自分の欲望に従うばかりの人生。それって人間らしくない。人間であるという事は、他者との関わりの中で生き方を考えるという事です。その中で自分のできる事は何か、コミュニティとは何か、社会の一員とは何かを考える。そして自分はそこから何を与えてもらっているか。
  • デンマークの哲学者キルケゴールは実際に「制限のない人生」を分析して、それを「絶望の人生」と説いています。古代ローマの皇帝ネロが良い例だ。ネロは実際何でもできた。彼が欲しいものを指差せば、それが何であれ彼のものとなった。世界中が彼の欲望に従っていたわけです。キルケゴールいわく「哲学的には、これは絶望と繋がっている。」事実、ネロはローマに火をつける事になりましたよね。自分がコントロールできなかった世界を焼き払って、新しい都を作るために。
  • 制限のない人生は、無意味です。私たちは無制限の暮らしを追い求めるべきじゃない。
  • 私たちは誘惑に弱い。オスカー・ワイルドだってこう言っているでしょう。私は誘惑以外のものなら何でも撃退できるって。だからまず家や職場、学校の中に、私たちを誘惑してこないような環境を作るようにしましょう。

まとめ

  • FOMO(見逃す、取り残される事への恐れ)は現代の流行病である。
  • FOMOを助長しているのは、SNSと消費社会である。
  • SNSでは、リア充めいた誰かの投稿と自分の生活を比較してしまう。そして、自分の生活をより充実させなきゃという衝動に駆られてしまう。
  • すべてを知らなきゃ、すべてを経験しなきゃという衝動は手放すべきである。見逃す事を受け入れれば、その先に幸せがある。
  • やり過ぎない、やらなさ過ぎない適度な暮らし(モデレート・ライフ)で、たくさんの喜びが得られる。
  • キルケゴールいわく「無制限の人生は絶望である。」
  • 生活から誘惑(ここではSNSに焦点が当てられています)をできるだけ減らしましょう。

個人的には、「インスタ映え」ってワードにFOMOが集約されているような気がします。「映え」をやたらと追求するのって、なんか、幸せと対極な感じがしますもんね。(おわり)

引用元 : BBC.com
掲載記事の中から「健康」系の話題を中心に取り上げて翻訳しています。

管理人まー

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↑Twitterやってます(@ok_daijobu) パニック障害がすっかり治ったアラフォー女です。 35歳の時、通勤電車内でパニック発作を発症。以来、不安、恐怖、息切れ、めまいなどの症状が日常的に現れるように。電車やバスに乗れない、スーパーのレジに並べないなどの『広場恐怖症』や、「またあの症状が出たらどうしよう」という『予期不安』に苛まれ、一時は仕事はおろか外出さえもままならない状態でした。その後少しずつ症状が改善していき、2年後にほぼ寛解。さらに1年後にはすっかり完治。 克服するためにいろいろ試した事や感じた事などを、このブログに綴っていこうと思います。 元商業ライター。現地方OL。

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