考え過ぎないメンタルの手に入れ方 – 「考えない」を考える

こんにちは、あろはー。管理人まー、です。

今日は、考えすぎないメンタルを手に入れる方法について。ツイッターでわりと反響があったので、勇んでまとめてみたいと思います。

私は醜形恐怖、社交不安、パニック障害からの予期不安を患いましたが、今はすっかり良くなりました。で、当時と今を比べてみますとですね、大きく何かが変わったわけじゃないのですよね。実は。

自分の顔が恐ろしく醜く感じて、日がな一日鏡を眺めて絶望を味わうような時期もありましたが、今はちっとも。

もちろん整形したわけじゃありません。顔カタチは当時とまったく変わっていません。というか、あの頃から5年程経って四十路に片足突っ込んだもんで、むしろ小じわは一つ二つ(三つ、四つ)増えましたが。

予期不安もそう。

あの頃はスーパーのレジや電車、飛行機、高速道路、たった5分の朝礼などなど、あらゆる場面で「発作を起こすんじゃないか、倒れたらどうしよう」と怖くてしょうがありませんでしたが、今はちっとも。

もちろん決して倒れない強靭な肉体を手に入れたわけじゃありません。変わっていないのです。物理的には。

ただ一つ言えるのは、今、圧倒的に「考えていない」

どうしよう、もしかして、こうしなきゃ的なことを、もう恐ろしいほど考えていません、今は。

自慢じゃないですが、当時の私ときたら、そりゃもう考え過ぎの権化でした。社交不安も患っていましたから、いちいちうじうじ考える。

「こんな事言ったら、変に思われるかな」「今、笑うべきかな」「あー気を遣わせちゃったかな」「機嫌悪そうだな。私何か言ったかな」「明るい人だと思ってもらわなきゃ」「もっと気の利いた事言わないと」とかとかとか。

考えていない時がほとんどない。1分1秒無駄なく考える。考え過ぎベルトコンベア。なにそれ。ともあれ、そんなでした。

それが今は。見知らぬ人の着ているシャツがあまりにも可愛くて、つい「そのシャツ、めちゃカワイイですね」と言ってしまうぐらいには後先考えていません。

案の定、見知らぬ人を超絶はにかませてしまいました。それでも「あ、何言ってんだ私」と思った1秒後にすぐ忘れているぐらいには何も考えていません。

いや、何でもかんでも思った事を垂れ流しにしているわけじゃないですよ。念のため。一応の節度はあります、アラフォーなりに。その時はそのシャツがあまりにもかわいかったもんで、つい。

まあとにかく、それぐらい色々考えなくなったわけですが、実は自然とそうなったわけじゃないのです。これ、修行のたまものなのです、実は

誰でもできる修行です。今すぐできます。

じゃあ早速その方法を、といきたいところですが、まず自分がなぜ考え過ぎてしまうのかを考えてみましょう。筋トレでも何でも、論理が分かるとますます身が入るってもんじゃないですか。(←少なくとも私はそのタイプ)

考える事で享受できるメリットは、もはやない

人間というのは基本的に、メリットを感じる事しかやらないのだという一説があります。

たとえその行動で自分が犠牲になっているように見えたとしても、実は何かしらのメリットも感じているはずなのだと。ここで言うメリットというのは、あくまで当人の主観。客観的に見たらまったくもってナンセンスだというものも当然含まれます。

例えば、パートナーのモラハラに傷付きながら、一方で承認欲求が満たされるからなかなか離れられずにいる、みたいなケースもそうですよね。

パニック障害も然り。早く治したいのだけど認知行動療法に力が入らないというケースにも、考えうるメリットは色々あります。

認知行動療法をやる時の恐怖や不安を感じなくて済むメリット、病気を理由に外出や復職を避けられるメリット。エトセトラ。(みんながそうだとは限りませんよ、念のため。)

深層心理なので当人は無自覚だったりするものの、一見ネガティヴ要素だらけに思える行動の中にも、その人なりのメリットが少なからずあるのだというわけです。これ、選択理論にも通じる論理。

つまり、考え過ぎる事も同じです。

考え過ぎちゃう人というのは、周到に考える事でこれまで救われてきたのだと思うのです。

先を読んで、相手の言動の意味を考えて、機嫌を損ねないように、笑ってもらえるように、空気を壊さないように、一生懸命考えて、その場その場をやり過ごしてきたのではないかと。

だから、考え過ぎる事にはメリットが大いにあった。その人なりの処世術だった。そしてそれがいつのまにかクセになってしまった。

だけど今やもう、それはメリットではありませんよね。みなさん既に自覚されていると思います。考え過ぎる事の弊害。

だからそのクセ、もう手放しちゃって大丈夫です。これからは、考えない事が武器になりますよ。安心して「考え過ぎ」を手放しちゃいましょう。

さて。考えないメンタルを手に入れる心の準備が整ったところで。

次にいよいよその修行のやり方をば。基本形1つと、その応用形を2つにまとめてみました。

①基本形 – 「考えない」を考え続けて、ネガティヴ思考をひたすら上書き

「考えない」をひたすら考えることです。以上。

あ、肩透かし食らった気分ですか。ですよね。でもこれ、めちゃくちゃ効きます。

どうしよう、もしかして、こうしなきゃ、私なんかどうせ。というネガティヴ思考が巡り始めたら、すかさず「考えないもーん。私何にも考えない。考えてないよ、るるらー」

ひたすらこれを唱えます。全力でやってくださいよ。呪文がBGMみたいになってしまったら、その裏側でついまたネガティブ思考が渦巻きがちです。考え過ぎる習慣は、それほど根強い。だから全力で、最大火力で、唱えたおしてください

「考えない考えない、なーんにも考えてない、るるるーワタシハナンニモカンガエテナイデスヨー」

私、渾身の力を込めて唱え続けていた時にふと同僚に話しかけられて、うかうか「ワタシハナンニモカ…え、何?」と口走ってしまった事すらあります。同僚も「え?え、何?」ってなってました。

それぐらいのパワーで。あらん限り唱えてください。

いや、例えばですね、ネガディブワードが頭をもたげ始めた時にですね、「だめだめ。こんな事考えても一切自分のためにならないんだから。もうネガティブな事は考えないぞ!がんばれ私!」って、さくっとポジティブ思考に切り替えられたら楽なんでしょうけどね。私にはできなかった。そんな事やっても、考え過ぎちゃうマインドはビクともしませんでした。長年のクセ、なめんなよ、と。

だからとにかくネガティブな事でもポジティブな事でもなく、ひたすら「考えない」を考えるのです。

いつでもどこでもやるのです。それをずっと続けるのです。これぞ修行です。

②応用形 – いっそ脳内で筆を持って、全力で習字をやる

全力で「考えない」を考えているつもりでも、隙あらばすぐネガティブな事を考えてしまいがち。そんな時はいっそ、頭の中で墨をすりましょう。そして大きな筆で「考えない」を半紙に書くのです

ゆっくり丁寧に、これでもかっていうぐらいトメ、ハネ、ハライに気を配って、書き上げるのです。何枚も、何枚も。あ、頭の中での話ですよ。

何枚も何枚も書いていると、さすがに脳内が「考えない」で一杯になってくるはずです。

③応用形 – いっそ脳内でスタンドマイクを握って、We will rock youを歌い上げる

「考えない」に飽きてきたら、いっそ曲を歌い上げるのもいいでしょう。あ、もちろん脳内でですよ。

私はよく、クイーンの「We will rock you」をフレディーマーキュリーばりに全力で歌っていました(脳内で)。ズン、ズン、チャ、ズン、ズン、チャのリズムに高揚感をあおられつつ。あと、世代はアレですが、ハウンドドッグのフォルテシモとか。

それと、何故だか私はアメリカ国家が好きでして、これもよく熱唱しておりました(脳内で)。しかも1991年のホイットニーバージョン。最後が「ブレーー、エーー、エーーーイブ!」って3段階のやつ(→これ。YouTubeリンク

そのうちアメリカ国家じゃ飽き足らず、カナダ国家にも興味が湧いてきまして。今や、カナダに縁もゆかりもないのに国家歌えるんですよ、私(脳内で)。愉快でしょ。

ともあれ、自分の好きな曲を歌ってください。全力で。それこそBGMになってしまったら、すかさずネガティブ思考が渦巻きますからね。総力挙げて熱唱を。

「考えない」のその先に、目の前の情景が見えてくる

「考えない」事を毎日何度も繰り返し、やがてそれが板に付いてくると、ふと、目の前の事に思いが及んでくる事に気が付きました

「ナニモカンガエテマセンヨー、るるー、あれ、この机、こんなとこにキズがついてるな」とか「あれ、あの人メガネのフレーム変わったよな」とか「あ、あの窓汚れてるな。でも外はいい天気だな」とか。

そうなってくると、何かこう、1ステージ上がったような、1upしたような感じが。余裕が出たと言いますか。これ、修行開始から数ヶ月後の事です。

そのうち「考えない」を考えるより先に、「あ、今日は真夏みたいな入道雲だわ」とか「あら、あの人のスカート、素敵」とか、目の前の情景にダイレクトで反応できるようになってきました

ネガティブな事が頭をかすめても、その思考に延々囚われ続ける事もなくなりました。切り替えが上手くなった、明らかに。

こんな風になってきたら、そろそろ免許皆伝と言っていいんじゃないかと。「考え過ぎない」メンタル取得。おめでとうございます。ありがとうございます。

なお、予期不安の認知行動療法をやる際には、呼吸法も忘れずに。「考えない」を考えながら同時に呼吸法をやるのは難しいので、段階ごとに分けてやるのがいいと思います。不安や恐怖が巡り始めたら、この「考えない」修行を。ドキドキ鼓動がするなどの身体症状が出そうになったら呼吸法を、という具合に。(呼吸法については、こちら

私は他にも選択理論の本を読んだりして、モチベーションをさらに高めたりしておりました。ご興味ある方は、こちらの記事を。

考え過ぎなくなってからというもの、心が本当に軽いです。何故だかいろんな事に興味が湧き始めたりもしました。エクセルマクロの勉強や、ランゲージエクスチェンジなんかを始めたりして。小ぢんまりした台湾料理屋さんの食べ歩きも新たな趣味となり。楽しい事が増えました

今、日々をキリキリ舞いでやり過ごしている感覚は、もうありません。

と、いうわけで。相変わらず、どエラいボリュームの記事になってしまいましたが。いかがでしょう。

今すぐ簡単に始められる修行なので、いっちょ気楽に始めてみてください。わりと楽しいですから。けっこう効きますから。(おわり)

ここに記載の治療法や対処法は、あくまで個人的見解に基づいています。
効果の有無や程度は保証できませんので、ふーん、そういう事もあるんだねー、ぐらいの感じでご理解いただけると幸いです。

ブログ管理人の自己紹介とパニック障害の経緯などは、コチラより。
→「ごあいさつ


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管理人まー

管理人まー

↑Twitterやってます(@ok_daijobu) パニック障害がすっかり治ったアラフォー女です。 35歳の時、通勤電車内でパニック発作を発症。以来、不安、恐怖、息切れ、めまいなどの症状が日常的に現れるように。電車やバスに乗れない、スーパーのレジに並べないなどの『広場恐怖症』や、「またあの症状が出たらどうしよう」という『予期不安』に苛まれ、一時は仕事はおろか外出さえもままならない状態でした。その後少しずつ症状が改善していき、2年後にほぼ寛解。さらに1年後にはすっかり完治。 克服するためにいろいろ試した事や感じた事などを、このブログに綴っていこうと思います。 元商業ライター。現地方OL。

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