インナーチャイルドを抱きしめなきゃ進めないという幻想

こんにちは、あろはー。管理人まー、です。

認知行動療法シリーズ開始も早々に、早速別のテーマでお話を。シリーズの方も並行して書いていくつもりですので、よろしくお願い申し上げます。

さて。今日は回復の過程で強く、強く実感した事について綴ってみます。うまくまとまるかな。あの、インナーチャイルドの事なんですけどもね。長くなると思いますので、あらかじめごめんなさい。

インナーチャイルドを癒して過去と決別する、という概念

アダルトチルドレンとかインナーチャイルドとかって言葉、メンタル関係の分野でよく見聞きするじゃないですか。アメリカのセラピストが発祥だとかで、心理学の専門用語ではないようですが。

ともあれ子どものまま大人になったような人って、よく見かけます。というか身近にもいるし、私自身もたぶんそう。だからアダルトチルドレンという概念は何となく腑に落ちるし、同時にそのきっかけとして子どもの頃の理不尽なうっ屈なんかが関係しているってのも合点がいく。心の片隅に子どもの頃の自分が膝を抱えて丸まってる感じ、想像はできる。そのインナーチャイルドとやらを癒してあげる事で、過去と決別して前向きになれるという発想も、なんとなーくは分かる。

実際いろんなメディアで、インナーチャイルドを癒して自分が好きになれたとか、前向きになったとかいう話、よく語られていますね。田中圭一著「うつヌケ」にも同様のエピソードがあったし。


田中圭一「うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち」(角川書店)
田中圭一著「うつヌケ」のひとコマ

たぶん、その通りなんだと思います。インナーチャイルドが癒されると、過去でがんじがらめになっていた時間が動き出すんだと思う。

私自身、パニック障害を発症した時につくづくやっかいだったのが、この「過去に囚われている」感じでした。

とかく自分というものの輪郭があやふやで、自分が一体どういう人間なのか、どうするのが自然体というやつなのか、全然分からなかったのですね、パニック障害発祥の数年前からは特に如実に。

日本を離れるとちょっとは素直に自分を表現できるような気がして、それで旅にハマり始めたんだと思うんですけど、まあ、その話は置いといて。

なぜそんな風になったかと言うと、ひとえに子どもの頃から周囲の機嫌に振り回されて、素直な気持ちを封じ込めてきたからだと思うのです。まさにインナーチャイルドがしくしく泣いてる状態で。それで生活の歯車がうまく回らなくなっていって、ストレスが溜まって、発作に至ったわけで。

パニック障害を根本的に治すためには、このストレスの出どころをできるかぎり絶つ必要がありました。だってそうでなければ、予期不安が落ち着いたところでまたストレスが溜まって症状がぶり返す事になりうるはずだから。

そのために、インナーチャイルドを癒してあげて、過去を振り切って、自分を取り戻していくってやり方は理にかなっているし、それができればベストだと思ったのですよ。

だけど腑に落ちなかった事がひとつありまして。それはそう、インナーチャイルドってどうやったら癒されるの?ってところ。

インナーチャイルドを抱きしめるって、どんな風に?

よし分かった。インナーチャイルド、抱きしめてやろうじゃないか。と思ってはみたものの。はて、どうやってハグすりゃいいのか。とんとよく分からずにおりました。

いろいろ本も読んでみたのだけど、概念そのものが曖昧だからなのか、具体的な方法がいまいちピンとこない。

当時の私は「症状改善のためには、何はともあれまずインナーチャイルドを抱きしめてやらねば」と思い込んでいて、今思えばその強迫めいた思い込みがいかにも子どもっぽいというか、視野が明らかに狭いのだけど、当時は本当にそう思っていたので、途方に暮れてしまいまして。やり方が分からないから、一歩も進めなかったのですね。

あと、こんな事も考えていました。

今まで自分の本心を無視して行動してきて、そのツケがまわって今に至ったのだ。だから気持ちを蔑ろにしちゃいけない。気持ちファースト。心ファーストで、心のタンクがフルになるのをちゃんと待ってから、ゆっくり動き出さなきゃ。なんて事を。

たぶんその通りなんです。本心を無視しちゃいけない。やりたくない事を無理してやっちゃいけない。そうなんです、それはたぶん間違いない。

なので、私はとにかくインナーチャイルドを癒す事と、心の声に従う事に必死でした。必死だなんて本末転倒な感じがするのだけど、実際必死でした。一見するとのんびり心と向き合っている風味だったのだけど、かたくなにそれをやらないとダメだと思い込んでいる辺り、ある意味「必死」だったのです。

心と行動は裏腹でいい。やってるうちに少しずつ心がフィットしてくるから

そういうわけで、当時私は足踏みしていました。インナーチャイルド癒され待ち。そして、心の声が「やだ、何もしたくない」と言っていたから。

そりゃもちろんそうなんです。だって予期不安真っ只中だったから。何をするにも不安と恐怖で、何もしない時が一番安心できたから。

でも、相変わらずインナーチャイルドの抱きしめ方がよく分からない。可哀想なこの子を、どうやって癒してあげればいいのだろう。

そんなある日、「選択理論」なるものに出会いました。きっかけはちょっと覚えていないのだけど、ふと何気なくポチってみたのでした。「グラッサー博士の選択理論」という本を。


ウイリアム・グラッサー「グラッサー博士の選択理論―幸せな人間関係を築くために」(アチーブメント出版)

詳しくはまた改めて書く機会を作りたいと思っていますが、ざっくりまとめるとこんな事が書いてあったのです。

過去の記憶はほとんどが塗り替えられる。不確かな過去など振り返る価値がない。今行動した事のみが、この先の未来を作るのだ。だから今、行動する事に意味があるのだ」的な事。ちょっと断定的にまとめすぎたけど、けっこうこれに近いぐらいの感じでズバッと書いてありました。

目からウロコでしたよ。真逆な気がしたんです。

過去と向き合って、可哀想なインナーチャイルドの心を汲み取ってあげる概念 vs 過去はすっぱり断ち切って、今とにかく行動しろっていう現実理論

突き詰めると、行き着く先は同じなのかもしれません。だけどその時、救われた気がしました。正直もはやプレッシャーだったから、インナーチャイルド抱きしめるの。だってやり方が分からないし。だったらもうすっぱり過去の事だと割り切ってしまえた方が気楽だった。

あと「とにかく行動!」みたいな強気な後押しが、私には心地よかった。

例えば「旅行したいな」と思うとします。そして躊躇して行動しなかった場合と、躊躇しながらも行動した場合、1年後どういう現実があるかというと、ただシンプルに、旅行に行かなかった自分と、旅行をした自分が生まれるだけなんだと、そういう類の事も確か書いてありました。

これがまたすごく響きまして。ほほう、確かにそうだ。「やった事」で人生が形づくられていくんだ。少しずつでもいいから、やらねば、何か。そう強く思いました。

そして、ふと気付いたんです。

心の声は大事だ。本心に従う事は大切だ。今、予期不安で何をするのも怖いけど、だけどその不安に従って足踏みしている状態って、本心に従うってのとは違うよな。と。

今まで、他人の気持ちや意見や顔色ばかりをおもんばかって自分の心を後回しにしてきたけれど、それがいわゆる「心を蔑ろにしている」状態ってやつで、今感じている不安や怖さや自信のなさを克服しようとするのは、本心を無視するのとは根本的に違うじゃないか、って。

ようやく色々腑に落ちて。

その日から、認知行動療法に毎日(もちろん時には休憩もしましたよ^ ^)少しずつ取り組むようになりました。過去は過去、大事なのは今この瞬間だと思って。

さて、インナーチャイルドを抱きしめずに、どうやってストレスを断ち切るか

そう、これですね。重要なのは。

そもそもインナーチャイルドうんぬんの話は、ストレスをいかに断ち切るかってところが大元だったはず。

結論を言うと、まず、自分が好きになれない、自信が持てなくて空回りする事によるストレスは、認知行動療法をコツコツやっていく中で解消されていきました。自分に自信がついていったから。

それから、人間関係のストレスについて。私の場合は親と分かり合えないストレス。これはですね、距離を置く事&考え方を変える事で解消できました。

えー、その辺りのことは次回改めて。ちょうど今、さっき話した「グラッサー博士の選択理論」が届いたので、読み直してからまとめてみようかと。この本、いったん人に譲っちゃっていたんですよ、予期不安が治った時に。

というわけで。

私と同じような方、おられないでしょうか。インナーチャイルドを探しに過去へ舞い戻ってみたものの、迷宮で迷子になってしまっているひと心を大事にしなきゃって思うあまり、予期不安の恐怖まで抱きしめてしまって、前に進めずにいるひと

私の実感を元に申しますとですね、インナーチャイルドを抱きしめなくても自分の事、ちゃんと分かってきます。好きになれます。自信も出てきます。だから過去で迷子になっているなら、もうスパッと諦めて前を向いちゃっていいです。

心が追いつかないかもしれません。予期不安とはそういうものだから。だけど、その不安や恐怖は本心ではありません。従わなくて大丈夫。無視して進んじゃって大丈夫です。

インナーチャイルドが満たされるのを待っていたら、あるいは自分に自信が持てるまで待っていたら、またあるいは不安や恐怖が無くなるのを待っていたら、たぶんなかなか症状は良くならないと思います。

むしろ前を向いて、少しずつ進んでみる過程で、3歩進んで2歩下がったり、時には3歩4歩下がったりしながら、ゆっくりでもいいから1歩ずつ歩いていく中で、自信がついていくんだと思います。そして自分が好きになってくる。自分というやつが分かってくる。そして不安や恐怖も薄れてくる。やがてはインナーチャイルドも癒されるんだと思います。

そして1年後、そこにあるのは「少しずつだけど、コツコツやってきた自分」です。その時はまだ症状は完全に治っていないかもしれない。だけど、少なくとも前より自分が好きになっていると思います。私はそうでした。だから大丈夫です。1歩ずつ、歩いていきましょう。

だけどその前に、予期不安と本心の見極めはしっかりと

かといって、ここでごっちゃにしてはいけません。予期不安は無視していいけど、本心は無視しちゃいけません。そこんところの見極め、大事です。

まあ、見極めというほど大したスキルが要るようなもんじゃありません。要は自分をリスペクトしていない事は、やっちゃいけないってことなのです。

マウントしてくる人の言いなりになるような事。ネガティブな事しか生まれない、不毛なやりとり。分かり合えないのに、必死で分かり合おうとするような事。

例えば家族や職場に、そういう問題があるとします。そして、症状が回復して元気になったら、またその問題と向き合わなきゃいけない。そう考えたら、回復する事に後ろ向きになってしまうと思います。そりゃ当然そうなると思うんです。

だからいったん、自分が回復する事と、そういう問題と向き合う事は切り離して考えましょ。

回復してから、考えればいいです。めんどくさい事は全部。自分ファーストってそういう事なんですきっと。自分の心と身体の健康を大切に。他の事は後回し。家族や同僚の反応や気持ちなんて、今は無視。それぐらいでいいと思います。

あ、もちろん自分の事を心配してくれる周囲の優しさは、できるだけ吸収して、できるだけ感謝しつつ。

でも家族や職場を簡単に辞めるわけにはいかない、だけど問題は山積み。そういう時は考え方を変えるのが、たぶん一番建設的で有効で、幸せなやり方だと思います。

その辺りの事については、さっきも書いたとおり次回に改めますね。また長くなりそうだから。

とにかく、過去はスパッと躊躇なく。

この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし。踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる。迷わず行けよ、行けばわかるさ。イチ、ニ、サン、ダーーー。

というわけで。また次回まで。いったん、ここで。今回も長文お付き合いくださって、ありがとうございました。

ここに記載の治療法や対処法は、あくまで個人的見解に基づいています。
効果の有無や程度は保証できませんので、ふーん、そういう事もあるんだねー、ぐらいの感じでご理解いただけると幸いです。

ブログ管理人の自己紹介とパニック障害の経緯などは、コチラより。
→「ごあいさつ


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管理人まー

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↑Twitterやってます(@ok_daijobu) パニック障害がすっかり治ったアラフォー女です。 35歳の時、通勤電車内でパニック発作を発症。以来、不安、恐怖、息切れ、めまいなどの症状が日常的に現れるように。電車やバスに乗れない、スーパーのレジに並べないなどの『広場恐怖症』や、「またあの症状が出たらどうしよう」という『予期不安』に苛まれ、一時は仕事はおろか外出さえもままならない状態でした。その後少しずつ症状が改善していき、2年後にほぼ寛解。さらに1年後にはすっかり完治。 克服するためにいろいろ試した事や感じた事などを、このブログに綴っていこうと思います。 元商業ライター。現地方OL。

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